W-Potac企画5
★☆ペルセウス座γ流星群 '95☆★
◎日時:1995.8.9~8.14
◎参加者:スイカ頭・恩田・和泉・バウ・首領卵男・毒空木
腐った死体・コージー富田
◎行程:
<8/9>
地学部部室→品川→川崎(車中泊)
<8/10>
川崎→井倉→井倉洞(自動人形)→大月商店(コスモス・イトメン)
→井倉洞前バス停→植木松バス停→カルスト山荘(キャンプ)
<8/11>
山荘→羅生門→宇山洞→草間集会場→民家
→牛追い小屋の穴(未発見)→植木松バス停(移動商店)→山荘(グランド・観測)
<8/12>
山荘→秘坂鐘乳穴→満奇洞前の食堂→満奇洞横の売店→満奇洞
→満奇洞バス停付近の食堂→植木松→桃の直売所→グラウンド(観測)
<8/13>
山荘→井倉→京都or広島→品川or沖縄(14日着)
@大垣夜行
この企画は、
和泉が「18切符を最大限に使って遠くへ行きたい」
ということで催された企画。
それならば定番の大垣夜行ということで、岡山へと針路を取った。
A井倉洞(岡山県新見市/観光洞・有料)
縦に長い洞窟で高低差が結構ある。
途中の階段や斜洞がかなりシンドイ。
しかし、中高生はさすがに元気で、
カメラを向けると様々なポーズをとる。
左も右も井倉洞内だが、
コージーはどの写真でも人の頭にちょっかいを出している。
(さすが中学二年生)
どうやらこの時のお気に入りだったらしい。
また、洞窟を出て少しバス停へ進んだ所に、
でかいロボットが置いてある。
100円を入れると「おもちゃのチャチャチャ」が流れて動き出すので、
一番年下のコージーを押し込み、動きを撮影する。
下段左がロボットの外観、右がロボットから出てきたコージー。
かなり恥ずかしい。
B大月商店(井倉洞入り口バス停前)
補給基地として利用していた何でも屋である。
食料から雑貨までここで調達した。
傍らに懐かしいコスモスの自動販売機があり、
妙なオマケが出るまで、購入していた。
また、ここで首領卵男の渾名と同名である「イトメン」
という製麺会社が作っている「チャンポン麺」が発見される。
買って食べたら、なかなか美味しかった。
'97春の倉沢のラーメン鍋まで、バウに保管される運命になる。
Cカルスト山荘(国民宿舎)
最初の予定では、羅生門にある桃園を借りてキャンプをする予定だった。
しかし、当日になって世話人から、
カルスト山荘のキャンプサイトへ移るように言われる。
はじめはためらったが、
交通が至便で水利もトイレも風呂も良く、移って正解だった。
それにしても、岡山までキャンプセットを担いでいく根性は今では考えられない。
このおかげで5泊したというのに(うち、車中2泊だが)
交通費込みで3万円という格安料金で旅行が出来た。
(タクシーをチャーターした割に安かった)
D宇山洞(管理洞・無料/新見市教育委員会の許可が必要)
交通手段がないのでタクシー2台で移動。
この近辺にはタクシー会社が3件しかなく、予約に苦労した。
迎車なので高くついたが、移動手段がない以上仕方がない。
関東の洞窟と比べて桁外れに洞口が大きく、
場所によっては40mを越える所もある(秘坂など)。
内部を良く知らない洞窟なので、
測量図を頼りに簡単な場所だけ探検する。右写真は洞口、
写真は相変わらず珍妙なコージーの装備。
E地域集会場
タクシーを降りたら人が居て、
洞窟に行くと言ったら集会場を使わせてくれた。
余分な荷物を持っていかずに済み、有り難く使わせて頂いた。
F民家(牛追い小屋の穴入口)
沢へ降りる道が解らずに畑でウロウロしていたら、親切に道を教えてくれた。
また、沢から戻ったときには軒先でしばらく休憩させて貰い、
冷たい麦茶を頂き、
お土産にポカリスエットまで頂いた。
酷暑の中の移動だっただけに、
最高に嬉しかったのを覚えている。
写真は、飼い犬と戦うコージー。
はじめは犬が優勢だったが、どうやら最後には逆転できたらしい。
G牛追い小屋の沢
先ほどの民家で書いて貰った地図を頼りに沢を下ったが、
途中で沢が増水していて、辿り着く事が出来なかった。
(『無理はしない』が合い言葉だったので……。旅先の無茶は危ないからね。)
結局、沢の途中で写真を撮って引き返した。
三脚で自動露光撮影をしたので、
何人かの顔や手足がブレてしまっている。
H観測(キャンプサイトからグラウンドへ移動)
日中は洞窟・夜は観測と、欲張った企画だった。
体力が無いというのに寝っころがるから、
観測の途中で寝てしまう者も多かった。
雲が多かったが流星は多少見ることが出来た。
キャンプサイトは空が見えないので許可を取って広いグラウンドへ移動したら、
翌日起きると野球の試合に来たという子供に囲まれていて驚いた。
観測前に、桃の直売所から安く桃(青いのが多い)を買ってきて、
バケツで冷やして食べた、やはり青臭かったが、それなりに美味しかった。
I秘坂鐘乳穴(新見市教育委員会の許可が必要)
「ひめさかかなちあな」と読む。
本来は別の漢字を使用するのだが、
常用漢字にないので表示できず、歴史書に登場する当て字を使いました。
洞窟自体が神社の奥宮として御神体になっている。
巨大な窪地(ドリーネ)の底に開口していて、降りるのも一苦労だ。
内部は巨大で、天井も10m以上の高さがある。
洞口は幾つかあって、右写真の『星穴』も、途中にある洞口の一つ。
よく見ると光が当たってる岩の左下に、
中世の音楽家っぽい顔が浮き出ている。
参加者はこれを【☆の顔】と呼んでいたが、
さて、そう見えるだろうか?
洞内はとにかく巨大で、
最深部には地底湖もあるらしいのだが、
安全面を考えて妥当な場所で引き上げた。
この洞窟は、祭りの時に村人が駈け入る行事に利用されるらしく、
あちこちに松明の炭が落ちていた。
写真は探検中の写真だが、のけぞった死体のポーズに、
特に意味はない。(と思う)
11最終日の夜
ささやかながら、花火大会をした。
疲れも溜まっていたようだが、花火は結構楽しんでいたようだ。
左の写真は、先ほど登場したチャンポン麺。
最後まで嫌がっていたが、証拠と言うことで本人に持たせて写真に収めた。
また、翌日の朝は5時の始発電車に間に合わせるため、
ほぼ徹夜で片づけや準備をする事になってしまった。
というのも、私がこの企画の後で沖縄に行くため、
福岡空港の沖縄便に間に合わせるには、そうするしかなかったのである。
その後、予め呼んであったタクシーで伯備線の始発に間に合わせ、
私とスイカ頭は倉敷で本隊(指揮はPritty和泉に委任)と別れ、
私は福岡・スイカ頭は広島へ。(右写真は伯備線内の毒空木と死体)
本隊は京都見学の予定だったが、
疲れていたために簡単な市内観光で終わったらしい。
スイカ頭と本隊は大垣で合流。
私も本隊も無事に旅程を終えた。
(END)
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