ちょっといいですか?
学図研ニュース編 
第2回「私の一番大切にしていること」


私は、
“目に見えない物に対して、自分なりの意味を見いだす”
ということを強く意識して日々を過ごしています。
一言で言い換えれば【感性を磨く】ということですが、
その培った感性を言葉として表現し、さらに多くの人々に伝えること、
それが今いちばん私が大切にしていることです。


例えば、「季節感」というような漠然とした感覚や、
「嬉しさ」などの心に沸き上がる感情。
また、
「草の色」「花の匂い」「街の風景」「人の体の手触りや温もり」
「雲の形」「星々が描く夜空」などの、
普通に生活しているだけでは見過ごしてしまうような雰囲気。
このような微妙なニュアンスを、
自分で紡いだ言葉を通して読者の人と共有したいというのが、
昔からの私の目標でもあります。


それは、ただ単に知識を増やすというのではなく、
友人や恋人と出かけた旅行やキャンプの風景を心に焼き付けたり、
実生活で起こった様々な出来事を文章にしたりと、
“風景や場面”と一緒に“その時の感情”を
体験として記憶に刻むことだと思うんです。
知識としてではなく、
自分の糧として自然に身に付くこと、
それがきっと、感性なんだと私は考えます。


このような感性を培うことは、
確かに実生活において役立つ物ではないかもしれません。
しかし、日常生活で瞳に映る風景を、無味乾燥と見過ごしてしまうより、
しっかりと味わえば味わうほど、
心に彩りが添えられるのではないでしょうか?


毎日のように通う通勤の風景も、
自分が嬉しいときと悲しいときで感じる印象は大きく変わって見えるように、
毎日のように移りゆく心の状態のぶんだけ、
風景も毎日違う印象を与えてくれるのだから。


そのような微妙な雰囲気を肌で感じることは、
心の中にゆとりを持つことから生まれます。
必要なのは好奇心、そして穏やかに穏やかに物を見る心。
ふと立ち止まって見る様々な景色、
もし改めて感じる感情があったら、
例えそれが悲しみであっても、
きっとそれだけで心は一つ成長しているはずです。


だから、
私は“一緒にいて落ち着く”ような、そんな心穏やかな人に憧れています。
“気の利いた台詞が言える”という訳でなくても、どこか味があって面白い人。
ですから、私はこれからも感性を磨いていきたい。
「いつも心に風景を」、
それがきっと私なりの生活であり、恋愛であり、個性なのだろう。
この感性を共有できるような友達や恋人と、
たくさんの日常を刻んでいきたい。
そして、
そんな私に付き合って
天河(そら)を見てくれるような女性(ひと)が見つかったら、
きっと一生一緒にいたいと思うんだろうな。

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<note>
初出:1996.07.23
    学校図書館問題研究会 東京支部NEWS
    
1996年7月号「天心風彩の心」←読めます
加筆:1997.8.20 niftyパティオBNW(books network)/同題
改稿:1998.10.5 niftyパティオ来来軒/
    「私の一番大切にしていること」
再掲:2000.09.22 遊覧航路
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・私が生きる上での「価値観の根本」です。
 何度も読み返して、恥ずかしくなって何度も書き直して、
 それで今に至る、流浪の文章。(笑)
・またどこかに掲載する機会があったら
 たぶん、書き直しちゃうと思います。
 人ってその時々で感じ方って微妙に変わるから、
 根本的に同じ事を書いていても、
 ニュアンスが変わってしまう事って、あるんですよね。
 だから、4年前の原文と比べると、
 かなりスッキリしちゃってます。
 原文の面影は……無いですね。(笑)
 というわけで、原版もnoteの所にリンク張りました。
 読んでやって下さい。

・何かを楽しむときの基準って、人それぞれですよね。
 私は体を動かしたりするよりも、
 旅に出て、ぼーっとするのが、好きです。
 別に名所と呼ばれる場所や旧跡でなくても、
 ふとした時に吃驚するほど綺麗な景色に見えること、ありません?
 そういう風に印象に残った景色と心を、
 文章にして行けたらなぁ〜とは思うんですが、
 まだまだ力量不足で、そこまで出来ないです。
・そんなわけで、
 とりあえず一つのものの見方として、
 こういう人が居ても良いんじゃないか、と思います。
 いささか現実から離れているかもしれませんが、
 昔の人は、そうやって季節感を知ったわけだから、
 あながち、的はずれとも言えないと思います。
 まぁ試しにお一つ、やってみてはいかがですか?
 なかなか面白い景色が、見えてくると思いますよ。