ちょっといいですか?
web編:第3回「答辞」

 会社を辞めて、1ヶ月が経った。
 日常がどんどん会社と離れゆき、
 ぽっかりと取り残されたように、
 ありあまる時間を、持て余す。

 辞めたくて辞めたわけではないことが、
 離れ難い想いと共に、心を揺さぶる。
 本屋の仕事が好き、
 人間関係が好き。
 だけどもう、戻れない。

 私は、「自らその場を去る」ことに、
 未練を覚える性質(タチ)である。
 卒業などで強制的に関係を切られることを嫌い、
 ちいさくても繋がりを保とうと、
 なにがしかの行動を取らずには居られない。

 その行動には2つの側面がある。
 一つは部活への関与であったり、
 社会人入学であったりという
 【その場所自体への固執】。
 自分を育ててくれた場所へのこだわり。
 そしてもう一つが、
 部活の仲間との飲み会や、
 クラス関係の飲み会、
 そして教師や教授との飲み会など、
 【一緒に過ごした人々への固執】。
 自分を育ててくれた人々へのこだわり。

 『トポス』という言葉がある。
 ギリシャ語で【そこに関わっている人を含めた場】を広義に表す単語で、
 その意味には暖かな肯定と叙情が含まれる。
 そう、前述の2つの側面を突き詰めて考えていたとき、
 この言葉が頭に浮かんできた。
 まさに私が大切にしたい、繋がりを表す言葉。

 少し前に私が書いた文章に、『卒業』という題名のものがあります。
 やはり大学という場所に離れがたい愛着を持ち、
 人々との別離の悲しさを題材にしています。
 これは、今考えれば私の根本となるトポス観を記したものでした。
 入院中、繰り返してこの文章を反芻しながら、
 自分の想いを噛みしめて、
 退職の道を選ばざるをえない淋しさを憂いました。
 『職場、生活の場、学びの場、出会いの場、
  会社は私にとっての大切なトポスの一つでした。』

 今回、初めて自分の意思の一つを
 「生きてゆく」ために曲げる結果となりました。
 ただ一つ救いなのは、会社というトポスが壊れたのではなく、
 (まだ)存在し続けているということ。
 それを繋ぎ続けるのはどうしたらいいのか。

 少し前から気にしていたことに、
 飲み会の話題というものがあった。
 会社絡みの飲み会で話題となるのは、
 やはり日常生活=会社の話題がほとんどとなる。
 景気が下を向いて久しく、
 なんだかんだと言いながら、
 愚痴が口をついて出てきてしまう。
 致し方ないとは思いつつも、
 釈然としない思いも、抜けない。
 それは同期がポツポツと退社・転職を始めた頃から、
 特に強く意識にのぼるようになった。
 同期会として集まってはいたものの、
 ほとんどが会社の話題に終始する。
 会社を辞めてしまったら、話にどれだけついてこれるのだろうかと。
 話題の合わない同期会に、
 どれだけ参加したいと思うのだろうかと。

 そして実際に退社が増え、
 同期会自体が、「誰かの退社の時だけ開かれる」ようになった。

 私は会社を辞めるとき、退職の飲み会をなるべく断った。
 というのも、
 その飲み会で「こいつは会社を去る人間だ」と、
 一線を引かれてしまうのが怖かったから。
 そしてその怖さの根本は、
 辞め行く人間が大量に出はじめている中で、
 会社が人員の補充をしてこなかったことに起因する。
 「人が辞める=自分の作業量が増える」という図式は、
 辞め行く人間へ、少なからず負い目を作る。
 段々と真綿で首を絞められていくような圧迫感、
 その中で、「次は誰が辞めるんだ?」と戦々恐々とする。
 『素直に送り出せない。』
 そう感じたときに、私は怖くなった。

 そして自分が退職する段となって、
 【これで終わりなのか】と。
 【嫌だな、それは】と。

 「卒業」の文章中で言えば、
 「サヨナラを言う側」が今の私の立場となろう。
 だからこそ、小さな居場所の1つとして
 「同期会」というものが、
 「会社の人と飲みに行く機会」が、
 あって欲しいなと。
 ふと振り返って見たときに、
 「オウ、ココに居るぞ」と、言って貰いたいような、
 そんな気がするんです。(贅沢でしょうか?)
 少なくとも私は、
 数々の飲み会の場を、そういう場にしたかった。

 しかし今は、
 みんながお互いにそういう状態じゃない気がする。
 みんながみんな、
 手の付けられない根本的な不安を抱えてて、
 「またか」「また辞めるのか?」と、
 なんだか自分のことだけでも手一杯。
 だから敢えて、しばらく時間を置いてみたい。
 突き詰めて勝手なことを言わせて頂けるとするなら、
 そういう事になってしまうのだけれど。
 許してほしい。

 男ってのは難儀なもんで、
 なかなか弱音を吐きたがらない。
 いつでも笑っていたいと思う。
 いや、
 いつでも強がっていたいと、思う。
 無意識にも強がっているように、演じてしまう。
 会社の愚痴に身を涵しても、
 「なんとかなるさ」と、うそぶいてしまう。
 そうして自分を、欺こうとする。
 そんな根拠は、どこにもないのに。
 それが少し、悲しい。

 私が人との付き合いに望むものは、
 ある程度の弱音も含めて、
 言い合える事だと思っている。
 だからこそ私は、
 こうして弱さをさらけ出す。
 自分が自分であるために、
 そして、
 人の痛みを分かり合うために。

 無理に笑っていなくていい。
 無理に戯けていなくていい。
 それでも、
 「自分は此処に居る」と、言って欲しい。

 自分の元の居場所を振り返ったとき、
 自分の痕跡の欠片とともに、
 共に過ごした人々が居るというのは、励みになるものです。
 トポスというのは、場所と共に人が居ること。
 しかし、ここのところの会社には「人」がいなくなりつつあります。
 私の喪失感は、そんな所からきているのでしょう。
 卒業の時のように、
 人々が散り散りになるのと同じ切なさを、今の会社に感じます。
 私には『この場所が、この人が、私を育んでくれた』と、
 胸張って言える最高のトポスでした。
 だからこそ、このような形で去ることが辛い。
 自分がトポスの一部として存在していたのかどうかは疑問だけれど、
 せめてそうありたいといつも思っていたからこそ、
 会社を楽しいと感じていたんですから。

 幾つもの別れを経験しながらも、
 幾つもの繋がりを保ち続けたいと、願う。
 せめて自分もトポスの一部でありたいと思うし、
 様々なトポスとも繋がっていたいと思う。
 そして願わくは、
 私を通じて新たなトポスが生まれてほしい。
 そんな願いが、
 このホームページには込められています。

 幾ら歳を取っても、忘れない。
 いくら会える機会が少なくなって、
 一緒に過ごす時間が少なくなっても。
 きっと私は忘れない。
 私も、小さいながら、
 みんなにとってのトポスであり続けたい。
 なんか大風呂敷な感じですが(笑)、
 せっかくの「縁」や、みなさんにいただいた心、大切にします。

 「ここに留まれ」とは誰も言えない。
 だからこそ「僕はいつでもここにいる」。
 色褪せた思い出の中などではなく、
 現実に。
 ここに。

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<note>
・ファイル作成 1999.10.09
・上記とは別にメールを作成 2003.04.
・上記とは別にメールを作成 2003.05.20
・3つの文章を統合 2003.06.22 HP遊覧航路
・関連文 ちょっといいですか?(Web編)
 
第一回「卒業」←読めます
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・退社にあたり、頭によぎること、想うこと、たくさんありました。
 会社を始め、様々な皆さんからたくさんの御言葉を賜り、
 (辞め方が辞め方だっただけに)
 じつはかなり「じんわり」きてました。(^^ゞ
 この文章は表題の通り、
 そんな皆様への返事とするべく書いたものです。
 基本的には、「卒業」の続編となる、
 いわゆる「居場所論」です。
 お読みでない方は、「卒業」をお読み頂いて、
 もう一度この「答辞」をお読み頂ければ、
 一層私のスタンスに迫って頂けるかと思います。
・自分がどんなことを意識して過ごしてきたか、
 そしてこれから、
 どんな心積もりで皆さんと繋がっていくのか。
 そういったことを決意としてまとめていけたらなと、
 そう考えながら言葉を選んでいきました。
 趣旨を同じくする文章やメールからの引用の形を取ったため、
 少しちぐはぐな感じもしますけれど、
 そこは御愛敬と言うことで、御勘弁下さい。
 なかなかまとめにくい文章で苦心しました。
・最後は卒業の末尾をそのまま引用。
 これは何というのか、男の強がりですかね(爆)
・しかしまぁ、
 ヘルニア直後の就活(転職)という状況までが、
 「卒業」当時と全く同じというのは驚きました(^^)
 まぁ、5年前と今とで考え方がほぼ同じというのは、
 どうかと思いますけど、、、(^^ゞ 
・私は愚痴を聞くのが嫌いではありません。
 私に内面を吐露してくれるというのが、
 嬉しくもあるからです。
 誠心誠意、それらの声に応えていきたい。
 私自身も迷い悩む方なので、
 アドバイスなどおこがましくて出来ないけれど。
 それでも幾らか肩の荷は下りるでしょうから。
・大々的に大人数で飲むのは苦手ですが、
 こぢんまりとした飲み会は、好きです。
 呑むというより、話すのが好きなんでしょうね。
 酒が入らないと出来ない話もありますし、
 決して身軽(ライト)な飲み会とは言えないでしょうが(笑)。
 あ、軽いのも嫌いじゃないんですよ(^^ゞ
 性格的に重くなりがちなだけで(^^ゞ
 お誘いも、よろしくです(^^)