《2001.8.14》
17:観的哨
なんだかんだと言いながら、
歩いてみたら結構楽しめた神島。
いざ出発の朝となってみると、
やっぱりなんだか名残惜しい気がする。
そういえば、
「一番面倒な位置にある観的哨に行ってないよね。」
ということになり、
「遠くから見るだけでもいいや」
と、出航前に出掛けてみることに。
不動岩まで出て、
そこからはほとんど手入れされていない遊歩道。
腿揚げ状態のアップダウンを繰り返すと、
いい加減嫌になった頃、この建物に着く。
旧日本軍の砲弾実験地であり、
三島由紀夫「潮騒」のクライマックスの舞台でもある。
さぁて、景色もいいのかな?
と、建物(打ちっ放しのコンクリート)に入ってみると、、、
「かっ、蝸牛の巣窟っ!!!」
床から壁から天井から、
おびただしい数の蝸牛(蝸牛・しかもジャンボサイズ)が、、、
2階もあったんだけど、
さすがに登ってみる気にはなれませんでした。
18:神島の路地
さて、観的哨から民宿に戻ると、まだ若干の余裕が。
折角なので、神島の路地を写真に撮ることに。
なにしろこの島の路地は入り組んでいる。
そして、階段状に造成されているために、
下の家の屋根が道路と同じレベルになっていたり、
更にはそこにも出入り口があったりと、なかなか味がある。
辻も3方向が捻れて接合していたり、
ちょっとした井戸と広場になっていたり、、、、
それぞれが狭い上に建物の陰になっているわけで、
写真を撮ろうとしてもなかなか難しい。
とりあえず数枚撮ってみた。
雰囲気が伝わるかな?
19:伊賀上野城
神島を出て鳥羽に着くと、
急いで近鉄鳥羽駅に駆け込み、特急の時刻を調べる。
なにせJR路線は最悪に接続が悪く、
近鉄の特急でも使わない限り、
日暮れ前に伊賀上野に着くことが出来ないからだ。
(前日、宿で時刻表のコピーと睨めっこしてわかった。)
無事、伊賀上野城に着くと、
どっしりとした石垣がお出迎え。
ここも藤堂高虎の築城らしい(若水談)。
再建された天守(?)から城下を見渡すと、
伊賀盆地が一望できて良い眺めでした。
20:忍者屋敷
伊賀と言えば?忍者ですよね、やっぱり。(笑)
そんな期待に応えてか、
伊賀上野城の敷地の中に、
忍者屋敷が移築されています。(笑)
忍者やくの一が登場して、
忍者屋敷のからくりを案内してくれます。
名乗りを上げれば幾つか体験させてくれますが、
勇気が無くて出来ませんでした、、、(T_T)
手裏剣(本物)投げの射的もあります。
5枚投げて200円。
面白そうだったけど、
やっぱり恥ずかしくて出来ませんでした。
こういう時、羞恥心があると損するなぁ〜。
ジャック軍団の実演もありましたが、
先を急ぐ上に時間の都合が付かなかったので見られませんでした。
21:だんじり会館
上野天神宮の秋祭りに登場する「だんじり」を展示した博物館。
だんじりの装飾もさることながら、
どちらかというと「鬼行列」の仮面の方がリアルに怖かった。
「こんな顔の奴居るよなぁ〜」なんてね。
会社へのお土産はここで購入。
しかし、、、喜ばれそうなお土産が少ない、、、
かなり地味です。
22:大垣(大垣城)&ムーンライトながら
伊賀上野からはほとんどが移動に費やされた。
なにしろJRの接続が悪い上、
18切符の関係で優等列車に乗れないのが痛い。
途中で桑名から近鉄養老線でショートカットして大垣へ直行。
それでも大垣に着いたのは19時を回っていました。
ここで時間を潰すのもなんだと言うことで、
若水は大垣城へ、恩田は国盗りへと出掛け、
再び駅前のロッテリアで待ち合わせることに。
大垣城はライトアップされていてそれなりに綺麗だったらしく、
恩田は恩田で車内から花火大会を見物してました。
そして、閉店近くまでロッテリアでだべり、
サンクスでジュースを買い込んでホームへ。
対岸のホームには臨時大垣夜行(品川行き)を待つ人の列。
こちらは必死で押さえた「ムーンライトながらのチケット」。
「ふふふ、並ぶがいいわ。」
と、勝者の笑みを浮かべる二人。←行きの恨みが籠もっています
しかーし、
帰りの大垣夜行って、18切符を2枚使うあまり得な列車ではなく、
すんなり全員座れてしまう。
ガッディーム!
「いいもん、こっちはリクライニングだもん」
と無理矢理自分を納得させ
(というか、やっぱり快適さは全然違うんだけどね)
東京まで快走してくれたのでした。
そして翌朝、眠い目をこすりつつ常磐線に乗り込み、
帰途についたのでした。
しっかし、相変わらずよく動いたよ。(爆)
翌日、筋肉痛&日焼けで死にそうになった二人でした。
(おわり)
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