地学部劇場(天文編)
第1話:「星座巡礼のススメ」

_テンタカクウマコユルアキ_

この言葉を【天高く馬肥ゆる秋】と変換できたのは、いつのことだろう。
いつまでも忘れない、
私が夜空に惹きつけられた最初の言葉。


中学1年秋、文化祭前日夜。
『弟、お前明日までにコレ、
 出来る限り覚えてきてくんないかな。』 ※注
先輩は相変わらず唐突に、
こう宣いながら1本のカセットテープを私に押しつけた。
【プラネタリウム解説の手引き】
というような題名の貼られた、1本のテープ。


部の予算を大量投入して購入された電池式プラネタリウム。
肝煎りのハズの、
新品ぺっかぺかのイカした投影機。
にもかかわらず、
誰一人星座の位置や神話を覚えていないと気付いたのは、
そう、
文化祭前日の夜だった。


『模型の方が、な。終わんないんだよ。』
先輩は皆、展示模型の製作に追われていた。
目が血走っているどころの話ではなく、
半狂乱の有無を言わせない迫力の前に、
テープの行方は既決の事項だと悟った。
下働きが一段落してプラプラしている中一に拒否権は無い。


さて。
持ち帰ったテープを睨んでみる。
全天の星座は88。テープはみっちり60分。
出来ないことではないかもしれないが、
一夜で覚えるにしては量が多すぎる。
私は躊躇わずにB面をセット。
「今の季節は秋なんだ。他の季節は覚えない。
 広く浅くてもお客は喜ばない、
 偏っていても人を唸らせる深さに重点を置きたかった。」
そんなのは先輩を丸め込む言い訳に過ぎないのだけれど、
さすがにこの時ばかりは黙認されたように、記憶している。


_テンタカクウマコユルアキ_
その言葉は、
テープから流れた女性ナレーターの第一声。
いかにも説明調で古臭い台詞ばかりが流暢に流れて行くのだが、
それを学生語に翻訳するだけの能力が無い私は、
意味がわからずともひたすら丸暗記するしかなかった。
今思うと、
そんな状態で講釈を垂れるのだから、
とんでもなくクソ生意気なガキである。


エチオピアが何処かも知らず、
がむしゃらに覚えた王家の神話。
王ケフェウス・王妃カシオペア・王女アンドロメダ・勇者ペルセウス
天馬ペガサス・怪物メデューサ&ゴルゴンV姉妹・化け鯨、、、
全天を駆ける壮大なストーリーは、
確かに星を見る者の想像をかき立てる。


翌朝は早朝に学校に忍び込んで星座の位置を詰め込み、本番。
プラネタリウムという暗室で、
マニュアルを見ることもできずに上演した初回の緊張、
そしてそれを何とか乗り切った充実感、
得も言われぬこんな快感は、忘れられない。


それから6年間の部活だけに留まらない、
今に至る星見の系譜の、原点。
すべてはこの古臭い台詞から、始まったのだ。


「天高く馬肥ゆる秋。」
今日も昼光が落ちてゆき、夕焼けのランプが点る。
空に輝く一番星を探さば、あの頃のBGMが頭を流れてゆく。
暮れゆく空に、瞬く星々。
たまには心を空にして、
見上げてほしいと思うので、あります。

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<note>
・2003/10/01 遊覧航路書き下ろし
<注釈>
・弟:2歳上の兄が同じ部活にいた関係で、
   兄が卒業するまではこう、呼ばれてました。
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・1992年秋より、
 【ASTRONOMY(天文学)】という文化祭冊子の発行を開始。
 展示物の解説(いわゆる模造紙解説)をプリントにしただけでなく、
 部員自身の解説の手引きとして重宝する存在となった。
 その冊子の第2号『プラネタリウム解説のために』では、
 全天88星座の完全解説を試みた。
 罫線機能を用いて星並びや位置図を掲載した労作。
 いや、これで実際ほとんど夏休み潰れましたし(T_T)。
 今読むとかなり不完全で笑ってしまいますが、
 来校者にも割合好評で、翌年には誤字脱字や文章の捻れ・不備を改訂。
 更には用語索引までくっつけて、中高6年間を締め括った覚えがあります。
・今は冊子の発行さえ怪しいようですが、
 こうして自分の足跡を追えるという意味でも、
 続けて欲しいなと思うのです。