ほぼ月間webちょっ?

第10号:2002/11/26

目次
 @旅虫(たびむし)
 A秋空


@旅虫(たびむし)

「旅行に行きたい。行きたいってば行きたいんだい。」
年がら年中、私は自分に対して、そう、駄々を捏ねてみる。
たいがいの場合は、
「お金もないし、時間もないし、無い無い尽くしで出来るわけないじゃん。」
と、自分を納得させる一人芝居を打って、脳味噌の奥深くの葛藤を封印する。
「よーし、よしよし。まだ理性が残っているな。」と思いつつ、
手慰みに買った旅行雑誌や地図・時刻表、
あれこれと眺めてはちょっとしたプランを立ててみて、
結局は溜息をついてそれらの資料を閉じる日常の繰り返し。

そして、
そんな資料の束で部屋のあちこちには小山が出来る頃、
いい加減に煮詰まった日常と共に、理性が吹っ飛ぶ。
「よーし、そろそろ解禁にして自分に御褒美だぁー!」
と、適当な理由をこしらえた上で同行者を募り、
資料をほじくり返して行き先が決まる。

だいたいにおいて、その吹っ飛び周期は2ヶ月以内と決まっており、
準備期間を含めると、結果的には四六時中、
旅行のことを頭の片隅に置いて生活していることになる。
必然として、地図に詳しくなり、交通機関に詳しくなり、
名所に旧跡・史跡に温泉・美味しい水百選に道百選・音百選、
天然記念物に国宝に重文に世界遺産にラムサール条約登録湿原などなど、、、
無駄な知識ばかり溜め込んで今に至るというわけだ。
でも、それだからこそ、旅行先での楽しみもグッと広がる。

一般に有名な景色・一般に有名な観光地だけが旅行の楽しみではない。
ほんの近くにあるのに、誰も寄らないような所、
実はそんな所にこそ“とある筋”で、ものすごく名の知れたものがあったりする。
俗化して、観光地観光地した場所よりも、
そんな所に思いがけない感動が転がっていることも多い。
それこそ“穴場探し”的な、俗な卑しさかもしれないけれど、
そうやって見つけたお気に入りの場所は、
何年経っても、「またあそこに行きたいな」という衝動を起こす。
そんなお気に入りの場所の数は、そのままかけがえのない思い出の数になる。
その時に何を感じ、何を心に刻みつけたのか。
そばには誰が居て、もしくは一人だからこそ感じたのか。

そんな思いの詰まった、数冊のノートがある。
簡単な行動ルートを記し、旅先でのスタンプと共に感じたことが書かれている。
切符や地図やパンフレットでゴテゴテに分厚くなりながら、
ほんの少しづつ、だけれども濃密なページを綴るノート。
写真や地図と共に辿れば、記憶と共に生き生きとした感動が蘇る。

出掛ける前の机上の旅、
お気に入りを見つける実際の旅、
記憶と旅する、心の旅。

旅を味わい尽くす、
そんな小さな旅虫の習性は、
実は案外、味なモノなんじゃないかと思う。
「忙しい忙しい」と口では言いながら、
トイレで地図を読みふけってしまう。

これだから、旅はやめられない。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

A秋空

空が高い。

スッと鼻をぬけてゆく冷たい空気が、
晴れやかで透明な空の青を際だたせる。
空の高みには羽根を開いたような一対の巻雲。
遙か彼方の連峰まで一望できる丘の中腹には、
神木でもある乳銀杏が撒いた黄色い落葉。
その小さな扇を拾い、
栞よろしく文庫本に挟み込むなどと言えば、
この長い前書きですら、
それなりの格好がつくというものだろうか。(笑)

確かに、秋の空は飛び抜けて高い。
高層ビルに引っ掛かりそうな雲もなく、
明らかに空が遠く、遠くの景色まで良く見える。

落葉は、
センチメンタリズムを抜きにしても物悲しい。
散りゆく葉を戯れに拾ってみれば、
そういえば銀杏はこんな形だったと、
緑を広げていた頃には考えられないことまで思い起こさせる。

数年前だろうか、
好きだった人に、一通の絵手紙を書いたことがある。
銀杏と紅葉を型どりして、画面いっぱいに散らして描いた。
エアブラシで赤と黄色とオレンジに埋め尽くされたその葉書には、
真ん中に小さく、「遊びに行こう」とだけ、書いた。
なかなか出せずに一年ぐらい仕舞い込んだ後、
結局は思い切って捨ててしまったけれど(こういうのは捨てるにも決断が必要)、
その図案を急に思い出し、
「そんなこともあったなぁ」と、
やっぱり結局、想像していた通りの展開になるところが少し、恨めしい。
でもまぁ、それもいいかと家に帰り、
図案帳に挟んでいたトレースペーパーを取り出してみる。
出てきたのは紅葉だけで、銀杏はどうやらどこかへいってしまっていた。

偶然銀杏を手に取ったのは、そういうことなのかも知れないな。
そうぼんやりと考えながら、
私はその黄色い葉を、かわりに図案帳に挟み込んだ。

あの日の続きに、自分が居る。
そう思ったら少しだけ、元気が出たような気がした。

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


<note>
「旅虫」
・旅行の記録をノートにつけるのは、オススメです。
 旅先というのは何しろ感性が敏感になっているので、
 結構色々なことに興味を持つし、
 感じることも普段よりも一段深い気がする。
 ノートの大きさは人それぞれだけれど、
 私はB5という、かなり大きなサイズを持ち歩いています。
 書き込むことが多いことと、
 笑われるんだけど、スタンプも溜まり出すとかなり面白いから。
 まぁ、「楽しい旅行のしおり」だと思って、
 下調べした旅館の地図とか、予定なんかも書き込んであるので、
 いちいちガイドブックを見返さなくて済む利点もあります。
・まぁ、旅のスタイルは色々だけど、
 書きながら再確認することで、深く身に染みる感動もあると思いますよ。

「秋風」
・出せなかった絵手紙の図案を少し変えて、
 友達数人には出した記憶があります。 
最近、そんな洒落っ気のある絵手紙を出さなくなりました。
 また、始めてみようかな。